【#10】BEPS2.0 第1の柱(Pillar1)を理解するためのポイント(「課税の根拠(ネクサス)をどこに求めるかその②)

【#10】BEPS2.0 第1の柱(Pillar1)を理解するためのポイント(<strong>「課税の根拠(ネクサス)をどこに求めるか</strong>その②)

前回の記事で、2019年2月、OCEDから「パブリック・コンサルテーションペーパー(経済の電子化における課税上の課題への対処)」が公表された3つのNexus(課税の根拠=ネクサス)の選択肢のうち、イギリス発案の①「利用者参加」提案について解説しました。

今回はアメリカ発案の②「マーケティング無形資産」提案、インドなど新興国発案の③「定式配分」提案を順にみていきましょう。

「マーケティング無形資産」案‐アメリカ提案

これに対して、アメリカは「マーケティング無形資産」の存在を課税の根拠する案を提案しました。デジタル経済の重要な点は、「物的資産」への投資から「無形資産」への投資への変化にこそあるとアメリカは考えます。

デジタル企業は市場国の消費者の嗜好に訴求するために、市場国で自社ブランドの認知を高める活動を行い、市場国の顧客データを収集したり顧客リストを作成したりします。また、市場国のニーズにマッチしたサービスプラットフォームを開発したりしています。これらの無形資産は多国籍企業本社において価値が創造されているというより、ユーザーの存在する市場国において創造されていると考えられます

アメリカの提案は、無形資産をさらに、「マーケティング無形資産(Marketing Intangible)」と「営業無形資産(Trade Intangible)」に分けます。前者の「マーケティング無形資産」は、例えば、顧客情報(顧客の嗜好や顧客の所得情報など)、顧客リスト、ブランドなど、企業が市場国の顧客に直接アクセスするための基盤となる無形資産をいいます。後者の「営業無形資産」は、特許、ノウハウ、デザイン、など企業による研究開発の結果として生成される無形資産をいいます。

どうしてこのように無形資産を分けるのでしょうか。それは、一口に無形資産といっても、その無形資産が創造される場所が異なるからです

「マーケティング無形資産」は、企業が市場国の顧客に直接アクセスするための基盤となる無形資産なので、消費者(ユーザー)のいる市場国で生成されます。

それに対して、「営業無形資産」は本社がある国で生成されます。

このように区別することで、マーケティング無形資産から生まれた利益は消費者のいる市場国で課税することができるという結論を導くことができるようになります。

議論の本質を見失わないためにも再確認しますが、我々がいま問題としているのは、従来の「PE(恒久的施設)」に代わる新たな課税の根拠を何に見出そうかということです。

アメリカは、PEという物理的拠点ではなく無形資産に着目し、その無形資産こそが企業の利益の源泉であるから、無形資産を課税の根拠とするのが合理的だという考え方です。そして、市場国においては「マーケティング無形資産」が重要な役割果たすので、それを課税の根拠とすることが合理的だと考えます。

この「マーケティング無形資産」を課税上のネクサスとする考え方は、「利用者参加」案と異なり高度にデジタル化したビジネスに限定せず、製造業などのビジネスなども広く適用対象とされていることが特徴です。 アメリカは自国のIT大手企業(GAFA)を狙い撃ちする「利用者参加」案ではなく、ヨーロッパに所在する製造業の会社に対しても、アメリカの製造業に対して平等な取り扱いをするための案を提案したといえます。

「定式配分(Formula Apportionment)」案‐インドなど新興国提案

この提案は、企業が市場国に「重要な経済的存在」があるかどうかを判断基準としています。インドなど新興国から提案された案です。これは、多国籍企業のグループ利益を、売上高、資産、従業員数などの一定の配賦要素を用いて市場国に配賦し、市場国で課税するという考え方です。

ポイントは、利益を各国に配分するにあたっては、世界で合意した配賦方法を用いるという点です。世界で合意した共通の配賦方法を用いなければ、各国バラバラに基準を設定することになり、それこそ多国籍企業に悪用されかねません。

この案の特徴は、なんといっても利益の配分方法の明快さにあります。イギリス提案の「利用者参加」案やアメリカ提案の「マーケティング無形資産」は、考え方としては理解できても、いざ実際にそれらの案に基づいて市場国に利益を配分しようとすると運用が難しいという指摘があります。利用者のユーザー数をどのようにカウントするのか、マーケティング無形資産をどのように算定するのか、またマーケティング無形資産に紐づく利益をどのように算定するのか、など実務的な運用においては難しいです。

それに対してこの「定式配分法」は、売上や資産など一定の配賦基準を用いて利益を市場国に配分するのでわかりやすいです。あとは、配賦基準として何を用いるかについては世界で合意するという課題はありますが、もし一定の配賦基準を使うことができれば実務的な運用は他の2案に比べてし易いといえます。

以上のように、イギリス、アメリカ、インド等新興国の3つの国が主張したNexus(ネクサス=課税のつながり)についてみてきました。

このような議論を経て、最終的にBEPS2.0の第1の柱(Pillar1)はどのような議論が進んだのでしょうか。続きはまた別の記事で。ではまた。