#9,10の記事は、「PE課税」に代わる新たな「課税の根拠(Nexus)」の3つの考え方について解説しました。
今回は、多国籍企業の利益をどのように国家に配分するのか?、その3つの考え方について解説します。多国籍企業は、グループ全体で利益を得ています。この利益を市場国に何を根拠に配分するのか、それが#9、10の記事で解説したネクサスの問題です。今回は、多国籍企業がグループ全体で利益を得ているというけれど、市場国に配分する利益はどういう利益を配分対象とするのか、ということを見ます。
つまり、一口に利益といっても、配分対象となるのはどういう利益を配分対象とするのか、ということを見ていきます。
利益配分に関する3つの考え方は、2019年5月にOECDから公表れた「経済の電子化に伴う課税上の課題に対するコンセンサスに基づく解決策の策定に向けた作業計画」(以下「2019年作業計画」)の中にでてきます。
修正残余利益分割法(MRPS:Modified Residual Profit Split Method)は、OECDがBEPS2.0(Pillar One)の中で提案した、関連当事者間取引における利益配分方法の一つです。これは、既存の「残余利益分割法(Residual Profit Split Method)」に修正を加えたもので、市場国に対して一定割合の利益を分配する仕組みが特徴です。
通常の残余利益分割法は、まず関連当事者間の合計利益のうち、各企業がルーティン機能(製造、物流、販売等)に応じて獲得すべき「基本的利益」を配分し、残りの「残余利益」をブランド・無形資産などの貢献度に応じて配分します。
この「無形資産ベースで利益を配分」する方法は、消費国に不利になる原因といわれています。なぜでしょうか?
これがまさに国際的にも「税源浸食(Base Erosion)」の代表例とされ、BEPS問題として批判されてきました。
無形資産ベースで利益を配分する場合、「市場国の貢献」は評価されにくいという問題点が通常の「残余利益分割法」にはあるのです。上の例でいうと、日本のユーザーの多さ、日本の消費者のロイヤルティ、日本市場の魅力(例:大きな人口・消費習慣)といった要素は、「無形資産」として帳簿上で表現されないため、配分に反映されないことになります。
その結果、
そこで、
「修正残余利益分割法」が登場しました。「修正残余利益分割法」では、「残余利益」の一部を市場国に明確に割り当てるルールが追加されます。たとえば、グローバルで利益を上げている多国籍企業が、物理的な拠点を持たないにもかかわらず多額の売上を得ている市場国に対して、その「貢献」を評価し、一定の利益を自動的に分配する仕組みです。
別の記事で解説しますが、実際のBEPS2.0では、売上規模・利益率に一定基準を設けた上で、「超過利益(残余利益)」の一定割合を「Amount A」として市場国に分配する仕組みが議論されました。MRPSは、伝統的な独立企業原則の限界を補いながら、新たな国際的な利益配分の核として重要視されているのです。
定式配分法(Fractional Apportionment Method)は、企業グループの合計利益を一定の算定式(フォーミュラ)により、関係する国々に分配する方式です。この方式は、伝統的な独立企業原則(Arm’s Length Principle)とは異なり、グループ全体を一体としてみなす「ユニタリー・アプローチ」に基づいています。
この方法はすでに米国やカナダの州法人税で採用されており、たとえば「従業員数」「資産額」「売上高」などの配分要素を組み合わせて、税源を各州に割り当てています。
たとえば以下のような配分式が考えられます:
各国への利益配分 = グループ全体の利益 ×(当該国の売上比 + 資産比 + 労働比)÷ 3
この方式の利点は、一貫性と透明性が高く、利益移転の抑制にも効果がある点です。移転価格のような主観的判断が少ないため、企業の操作の余地が小さくなります。
一方でデメリットも存在します。まず、どの変数(売上、資産、労働など)を使うかによって、国ごとの配分が大きく変わります。また、業種によって資産の多寡や労働集約度が異なるため、一律の式では不公平な配分が起こる可能性があります。
OECDのBEPSプロジェクトにおいても、Fractional Apportionmentは一時的に議論されましたが、実現可能性の観点から「統一ルール化が困難」とされ、最終的にPillar Oneでは採用されませんでした。しかし、長期的には「グローバル法人税」制度の基盤となる可能性もあります。
分配ベースのアプローチとは、企業グループ内での利益配分を、実際の販売活動(ディストリビューション)に基づいて行う方式です。とくに市場国における「販売子会社」「マーケティング部門」などが果たす役割に着目し、一定の利益を事前に定型化されたマージン等で認めるアプローチです。
この方式は、ルーティン機能しか担っていない販売子会社であっても、デジタル経済の拡大によって重要な価値を生み出していると評価し、固定的な利益率(たとえば売上の3〜5%)を事前に割り当てることで簡素に対応することを目的としています。
たとえばOECDでは、「Amount B」という仕組みで議論されました。これは、販売・マーケティング機能を担う子会社に対して、定型的な利益(マージン)を与えることで、移転価格調整を不要にするというものです。
このアプローチのメリットは、制度の安定性と予測可能性です。企業にとっても税務当局にとっても、交渉の手間が省け、コンプライアンスコストを下げられます。また、途上国など税務リソースが限られる国でも適用しやすい仕組みです。
一方で、企業の実態に即した柔軟な対応が難しくなるため、「実際にはもっと高い貢献をしているのに、低いマージンしか認められない」などの過少配分リスクがあります。また、業種や業態により適切なマージン率をどう設定するかの判断も難しい課題です。
分配ベースのアプローチは、他の利益分配方式(MRPSやフォーミュラ)と併用されることが多く、BEPS2.0の中では補完的な位置づけとされています。
以上のように、多国籍企業の利益をどのように市場国に配分するかという方法にも色々な考え方があることがわかります。
#12の記事でも解説していますが、結局BEPS2.0の第1の柱においては、
多国籍企業が市場国に配分する対象となる「利益A」は、多国籍企業の税引前利益のうちグループ収益の10%を超える「超過利益」の25%と決めました。これは、「修正残余利益分割法」の考え方がベースにあり、一定の利益を自動的に配分しているといえます。
この「利益A」を、課税権のある市場国に「収益」を基準として配分し、それぞれの市場国で課税されるように配分するというわけです。これってすごいことだと思いませんか?
今日はここまで。ではまた!
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