BEPS2.0の第1の柱(Pillar1ピラーワン)の結論を最初にお伝えします。
それは、多国籍企業が、市場国において物理的な拠点を持っているか否かに関係なく、市場国で一定以上の収益を上げているのであれば、当該市場国に配分される利益A部分について課税を受けるということです。いまはまだわからなくても、先を読み進めて、また戻ってきてこの文章を読むと理解できるとおもいます。
少し抽象度を上げて言い換えると、第1の柱のポイントは、「課税の根拠(ネクサス)をどこに求めるか」と「利益(正確には課税権)をどのように配分するか」の2点です。
ポイントの1つ目の「課税の根拠(ネクサス)をどこに求めるか」という議論が出てきた背景には、物理的な拠点がなくてもオンラインで国境を越えた事業活動ができるようになったことがあります。
すでに述べたように、デジタル経済が発展することで、物理的なオフィスを構えずとも、遠隔から仕事ができるようになりました。読者もコロナ禍を通じて実感しているでしょう。
そうすると、従来の国際課税原則である「PEなければ課税なし」が機能しなくなる事態が発生するようになってきました。「PEなければ課税なし」とは、PE(恒久的施設)という物理的拠点がなければ、課税の根拠(ネクサス)がないから課税なしです、というルールのことです。
この「PEなければ課税なし」という国際税務の大原則ルールが作られたのは、第一次世界大戦あたりの今から約100年前のことです。当時は製造業が旺盛で、当然インターネットはまだ存在していませんでした。
製造業は、モノを作るために、海外に会社を設立したり、工場を建てたりしてそこで人が働くという物理的な実態(PE)が存在するわけです。そういう物理的な実態(PE)がある場所でビジネスを行っているからそこで課税するという考え方は合理性があったわけです。
しかし、デジタル化が発達した今、海外に会社を設立しても、実際にそこでオフィスを借りたり人がそこで働いたりせずとも、遠隔からオンラインでビジネスをすることができるようになっていますね。
つまり、PEがなくてもビジネスをすることができるわけです。PEがないというのは、課税の根拠(ネクサス)がないということです。これまでの国際課税の大原則は「PEなければ課税なし」ですので、デジタル経済の下では課税の根拠(Nexus ネクサスと読みます)がなくなり、国家としても税金をとることができず、税収の低下という問題につながります。
そこで、PEという課税根拠(ネクサス)ではなく、新たな課税根拠(ネクサス)を求める必要が出てきたというわけです。
たとえば、A国で設立された会社があるとします(税務上A国の居住法人と仮定)。その会社が、オンラインでコンテンツをB国の住民向けに販売し、多額の利益を得ていたとしましょう。
しかし、この会社はB国に物理的なつながり(PE)がないので、多額の利益を得ていたとしてもB国は課税する根拠がなく、税金を取ることができません。B国からしてみたら、「我が国でビジネスして儲けているのに税金を取ることができないなんておかしい!」となりますよね。
B国のような国が、PEに代わる新たな課税の根拠(ネクサス)を求めるようになり、まさに第1の柱において(Pillar1)、新たな課税の根拠(ネクサス)が議論されているのです。
市場国に物理的な拠点を持っているか否かにかかわらず、その市場国で一定の売上を上げているのであれば、企業と市場国との間に課税上の根拠・つながり(ネクサス)を認め、市場国に課税権を認めていこうというのが第1の柱の趣旨です。
では、新たな課税の根拠、ネクサスを何にしたらよいと思いますか? これまで、OECD・G20は様々な議論を交わしており、3つのネクサスの考え方を示しました。
2019年2月、OCEDから「パブリック・コンサルテーションペーパー(経済の電子化における課税上の課題への対処)」が公表されました。その中で3つのネクサスの選択肢(案)が述べられています。
3つとは、①「利用者参加」案、②「マーケティング無形資産」案、③「定式配分」案の3つです。
これから3つの提案をみていきますが、とても重要な観点をお伝えしておきます。
それは、
①何を課税の根拠とするか(ネクサスを何にするか)?
②配分対象となる利益を何にするか?
③どういう企業をターゲットとした提案か?
の3点です。この3点を意識することがコンサルテーションペーパーを理解するカギとなります。
「利用者参加」は、イギリスによる提案です。この提案は、高度にデジタル化されたビジネスモデルにおいては、ユーザーも積極的に市場に参加し、企業の価値創造に貢献しているので、ユーザーの参加をネクサス(課税の根拠)とする考え方です。
これまでの一般的なビジネスモデルは、生産者と消費者(ユーザー)は分かれており、生産者が創造した価値を消費者が消費するという一方通行の関係性にあります。
しかし、高度にデジタル化された経済においては、消費者(ユーザー)は財・サービスを消費すると同時に、企業の価値創造にも積極的に参加し貢献しているという双方向の関係性にあります。この辺りについてはこちらの記事に書いています。【#5】デジタル経済の特徴と国際税務への影響(その②) – 青木国際税務会計事務所
イギリスの提案は、企業の価値創造に消費者・ユーザーが貢献しているという点に着目し、企業利益を各国に配分しようとする考え方です。
FacebookやInstagram、X(旧Twitter)などのSNSをイメージして頂くと理解しやすいです。我々は、フェイスブックで他人の投稿を見るだけでなく、自分も皆とシェアしたい出来事を投稿したり、他人の投稿に「いいね!」を押したり、コメントを書いたりします。
このようなユーザーの利用やリアクションが増えれば増えるほどフェイスブックの価値は高まります。そういう意味で、SNSのユーザーはデジタルコンテンツのユーザーであると同時に、企業価値創造にも貢献していると言うこともできます。
イギリスはその点に着目し、企業側だけでなく、利用者側も、デジタルサービスの価値創造に貢献しているのであれば、恒久的施設(PE)がなくても、それを根拠としてデジタル企業の利益に課税してもよいはずだと主張したわけです。
具体的には、ユーザー参加の寄与度(例えば、クリック数や投稿数など)によって得られた定性的・定量的な割合に応じて利益を配分し、ユーザーの所在地国に課税権を付与し課税するという考え方です。
この提案は、GAFAに代表される高度にデジタル化されたビジネスモデルの会社を対象としています。
このイギリスによる「利用者参加」の考え方を理解するためには、OECDにおける「価値創造と課税の関係」の考え方を押さえておくことが重要です。OECDは「課税は経済活動が行われ、価値が創造される場でなされるべきだ」という考え方を強調しています。
「利益(Profit)」ではなく、「価値(Value)」や「経済活動(Economic Activities)」が創造される場所で課税がなされるべきである、という考えです。
OECDがそのように考えるのは、GAFAのようなデジタル企業は、往々にして多国籍企業の本社に利益が集中してしまい、市場国の子会社に課税すべき利益が少ないことが背景としてあるからです。
デジタル企業においては、海外の現地子会社や販売会社を経由せずとも、本社からダイレクトに市場国のユーザーに向けてデジタルコンテンツサービスを届けることが可能です。本社と市場国ユーザーが直接契約関係を結び、利益を本国に集中させることができます。
また、すでに述べたように、デジタル企業は、本社に集中させた利益をタックスヘイブン国や軽課税国に移転させ、本社に利益がほとんど残らないような複雑なスキームを組み、税負担を軽減したりもしていました。
仮に「利益」を課税の根拠とすると、どんなにたくさんのユーザーが市場国でSNSを利用していても、その市場国において「利益」がない限り市場国においては税金を課すことができないことを意味します。デジタル企業のように利益を軽課税国に移転させているケースにおいては、税金をとることができなくなります。たくさんのユーザーが市場国で企業の価値創造に貢献しているにもかかわらず税金を徴収することができないのはおかしい、というのがOECDの考えです。
だから、課税は、移転操作が可能な「利益」が存在する場ではなく、企業の利益の源泉となっている実際の「価値創造」の場で行うべきだとOECDは主張しているわけです。
イギリスが「利用者参加」をネクサス(課税の根拠)として主張するのも、この「価値創造の場」を課税の根拠とすべきだと主張するOECDの主張が理解できると受け入れやすいと思います。
例えば、アメリカのデジタル企業がイギリスに恒久的施設(PE)を持っていないとしても、イギリスにいる多くのユーザーがデジタル企業のSNSを利用し、価値創造に貢献しているのであれば、利用者の居住国(すなわちイギリス)において課税する権利を持てるようになるということです。
なるほど、ネクサス(課税の根拠)を利用者(ユーザー)の価値創造に求めるという考え方も一理ありますね。
これに対して、アメリカとインドがそれぞれ独自のネクサスを主張してきました。
それについてはまた別の記事で。ではまた。
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